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うつ病ニート うつを脱却し、億万長者になる!?

このブログは、うつでニートな中年男性が、億万長者に弟子入りして、億万長者を目指すドキュメントです。うつ病減薬・断薬記も記載。

ボブ・ディランは文学者か? YES 彼は文学者です。その文学史的根拠

 

 

どうも、シュンクボです。

ここしばらくは自己分析にまつわ

る記事ばかり書く予定ですが、さ

すがに読者にとっては退屈なので、

ちょいと今回は話題性のある記事

を書きたいと思います。

 

題して、

ボブ・ディランは果たして文学者か?」

です。

 

ご存知の通り、今年のノーベル文学賞受賞

者はボブ・ディランに選ばれました。例年

ならば、ハルキストたちががっかりする様

子がテレビ中継されたりしますが、今年は

ちょっと別の意味での報道がなされていま

すね。

 

つまり、なぜミュージシャンが文学賞に!?

 

新聞やネット上でもちょっとした論争にな

っております。果たして音楽は文学なのか?

というより、歌手は文学者に該当するのか?

というわけです。

 

はっきり言って、僕はボブディランの曲をほ

とんど知りません。有名な曲のサビすら知ら

ない始末でして、完全なる門外漢です。

 

なので、ボブ・ディランの歌詞の文学的価値

については、ボブ・ディラン愛好者や英米文

学研究者や音楽批評家に任せることにいたし

まして、ここでは歌手というものが文学とい

うものと実は密接にリンクしていることを簡

単に書きたいと思います。

 

明治以降に始まった日本現代文学の歴史は、

海外、もっと言えばヨーロッパの小説を翻訳、

輸入することから始まりました。二葉亭四迷

ロシア文学を、森鴎外はドイツ文学を、坪

内逍遥はシェークスピアをはじめとする英文

学を、といった感じです。夏目漱石も小説家

としてのキャリアよりも、イギリス文学研究

者としてのキャリアの方が早いことは有名で

すね。つまり、彼は小説よりも先に文学論を

書いたわけです。

 

要するに、日本現代文学の歴史は、日本の古

典文学の伝統よりも、ヨーロッパの近代文学

の影響を色濃く受けているわけです。

 

で、肝心のヨーロッパなんですが、じゃあ現

代のように紙の本で書かれた小説が長く根付

いているかというと、そんなことはありませ

ん!

 

書物自体は1500年以上は歴史があるので

すが、中世で幅を利かせていた言語はラテン

語で、ラテン語を使える人は聖職者や教養の

ある一部貴族だけで、ほとんどの民衆が読み

書きを知らない時代がずっと続いていたので

す。

 

16世紀になってようやく、宗教改革者のマ

ルティン・ルターが一般的な話し言葉である

ドイツ語に聖書を翻訳することで、ようやく

一般の人々が本を読むという習慣がスタート

しました。けれど、一般の人々が本を読むと

いう習慣が浸透するのにこれまた時間がかか

りまして、そんなこんなで、ようやく小説ら

しい小説が出てきたのが、イギリスもフラン

スもドイツも総じて大体18世紀終盤から1

9世紀前半にかけてです。

 

要するに、現代文学の中心とされている小説

の歴史って、たかだか150年~200年し

かない。日本じゃ源氏物語が有名ですから、

いかにも小説が大昔からあるようなイメージ

ですけど、実は欧米の歴史からすればまだ母

親の母胎から出ていない赤子のようなもので

しかないのです。

 

じゃあそれまでヨーロッパの人たちは文学と

どのように接してきたかと言いますと、主に

詩を読み上げることが中心でした。現代の文

章みたいな散文はほとんど存在せず、もっぱ

ら声に出して伝える韻文が主流だったのです。

大昔で言えば、ギリシアのホメロスの有名な

オデュッセイア」なんかは、全部詩ででき

ています。

 

中世に入っても、その流れは依然として変わ

らず、フランスでは「ローランの歌」、ドイ

ツでは「ニーベルンゲンの歌」などなど、文

学史に残っている古典的な有名作品はほとん

どが詩の形式で残っています。なにせ、ほと

んどの人が読み書きができなかった時代でし

たから、詩でないと口伝えできなかった。つ

まり、たくさんの人に広まっていかなかった

わけです。

 

ここからが本題です。こうした詩は声に出し

て語り聞かせなければならないわけですが、

当然のことながら、語り聞かせる役割を担う

ような人が出てくるわけです。声がよくて、

詩に抑揚を絶秒にくわえながら語り聞かせる

ことのできる人、ついでに楽器なんかを軽く

弾きながら、人々を物語の世界に気持ちよく

誘うことのできる人・・・。

 

そう、ファイナルファンタジーなんかに出て

くる吟遊詩人と呼ばれる存在の登場です。

具体的には、フランスのトルバドゥールだと

か、ドイツのミンネジンガーなんかがそれに

あたります。小さなギターのような楽器を弾

きながら、複雑な韻律をつけて詩を歌い上

げていたという記録があるそうです。

 

詩人は当時の文学の主流である詩を、書くの

でもなければ、読むのでもなく、歌い上げて

いた。先ほど挙げたミンネジンガーの「ジン

ガー」は英語ではシンガー、つまり歌手です。

 

要するに、歌手はもともと詩人であり、文学

者だったのです。それが、時代が経つにつれ

て、言葉の要素とメロディの要素が切り離さ

れ、言葉の要素を追求した人たちが作家にな

り、メロディの要素を突き詰めた人たちがミ

ュージシャンと呼ばれるに至った。もともと

はひとつだったわけですね。

 

だから、こうした歴史的背景を踏まえると、

歌手であるボブ・ディラン文学賞を受賞し

たというのも、ちゃんと文学史的文脈に基づ

いていると言えなくもないのです。少なくと

も、欧米では。

 

結論:ボブ・ディランは現代の吟遊詩人であ

   り、中世の文学者をほうふつとさせる

   稀有な存在である。

 

以上、今回はこのへんで。